第30話 陶芸と音楽

  作陶する時はいつでも音楽を聞きながらやっている。
ロックからポップス、JAZZ、クラシックまで演歌以外は何でも聞く。

  ガンガン仕事をする時、たとえばロクロで数ものを作る時や、
釉掛けをたくさんする時などはロック調のテンポの早い音楽を聞き、
絵付けや細工の細かい仕事の時などは静かめの音楽を聞きながら
作業をしている。

  たまにラジオも聞くけれども、ほとんどFMである。
AMも良いのだが、朝から主婦の夫に対する下ネタや、人生相談などで
離婚や相続の話などが多くて、あまり聞いていて面白くないので
やはりラジオは音楽がよくかかるし音がきれいなFMを聞いている。
またFMはDJの人が外人だったりして、よく英語を駆使して番組を
構成しているので、知らないうちに英会話の勉強にもなる。  

  さて、音楽の話にもどるがやはり音楽はいい。
たくさん音符が連なっている曲もいいが、エリック・サティーみたいな
音の間(空白)をうまく聞かせているのもなかなかである。
いわゆる空白(空間)の美である。 

  どうしても物作りがやってしまう失敗の中に「やりすぎ」というのがある。
私もその一人である。どうしてもやりすぎてしまうのだ。

  私は今、花器に雲の模様を書いた作品を作っているが、
たまに雲を多く書きすぎてしまって、「ちょっと、くどい!」と
言われる事もある。確かに自分でもそう思う時がある。
サティーのような空白の美が自分の作品の中に出てくれば良いのだが
・・・中々にむずかしい。

  かと言って人間、サティーばかりでは面白くないので、ちょっと昔の
ハードロックもよく聞く。「KISS」や「DEEP PURPLE」など
である。(サティーとはえらい違いだ)

  ガンガンとディストーションの効いたギターの音や深胴ドラムからの
ビートが効いたリズムは、とても良くてサティーの空白の美に対して
全く正反対の位置にあるが、こういうスピリットの陶芸作品も
また作ってみたくなる。

  いわゆる、作品全部にこれ見よがしの仕事がしてある作品などである。
こういう仕事は得てして日本人には非常にウケが悪い。
しかし、あまのじゃくな私は嫌われているものもあえてやってみたくなる、
いや嫌われているからこそやりたくなるのである。(相当、変人だ)

  「どうだ!!こんなガンガンにロックしている器!!」
  「お前に使いこなせれるかな?!ベイビー!!」

  案の定、そういうロックな器は個展会場では批判の的になり・・・
まあ、自分としては目的達成!!なのだが、その目的を達成すれば
するほど、売上の目標は達成できない。まさにアホである。

  私は音楽で時には心を躍らせ、時には心静かに作陶している。

  音楽のように、私の作品で人の心が動かせればと願いつつ・・・・

2000年11月6日
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