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第15話 オリジナリティー

  作家として一番大事なのはオリジナリティーだと思っている。

  これは私が作陶する時の理念であり主義である。
誰が何と言おうとこの姿勢だけは変えられない。

  新しく作品を作り出す時、まずオリジナリティーがあり、
技術や知識等は二の次、三の次である。極端な話、オリジナリティーが
生み出せない人は、いくら学校に行ったり弟子入りしたって
いつまでたっても作家にはなれないと思う。

  ただし職人さんを目指している人は別だ。
職人とは言われた仕事を完璧にこなすプロであり、
技術や知識を要するからである。

  しかし職人の世界にはオリジナリティーは存在しない。
いや、してはいけないのだ。クライアントもしくは上の人からの要請に
こたえてその物を作るのだから。勝手に自分の好みをそこに入れる事は
許されない。しかし完璧に要請どおりの物を生み出すのだ。

  作家は職人とは違う!

  職人さんは先に技術がなければ話にならないが、作家の場合、
技術は後からついてきても全然大丈夫なのだ!・・・というか、
始めに何を表現したいかがあってその表現のためにはどんな技術や技法が
必要なのかが決ってくるからなのだ。作家は今までにない、
これまたオリジナルの技法を生み出すのが、仕事となってくる。

  つまりロクロも出来、手びねりも出来、板づくりも出来、
型成形も出来・・・なんて必要はまるでない。実にナンセンスだ!
陶芸家だからロクロがひけなければいけない事は全くないのである。

  どうも日本の教育システムが専門家を生み出すのに合っていないような
気がする。学校に入るのに、国語、数学、理科、社会とバラバラの科目を
バランスよくすべてこなさなければいけない。すべての科目に得意な人
なんてこの世に存在するのだろうか?得意じゃない科目の点数を上げる
努力とはいったい何のためだろう?

  陶芸の世界も同じ感覚でとらえている人が多い。
知識は豊富!ロクロも上手にひく、
でも作品を見ると「なんじゃ、こりゃ〜?」(松田優作風に)である。
私の経験では色々と陶芸の「うんちく」をたれる人ほど、
そしてそこそこオールラウンドにそつなく作れる人に限って、
作品は何処かの教科書や雑誌、美術書に出てくる作品を模倣してる
パターンが多い。オリジナリティーに欠け、見ていて全然面白くない。
ある意味そういう昔の名品は決してそれを抜く事ができない。

  誤解なき様に最後に付け加えておきたいが、学校などで技術を習得する
事自体は全然悪い事ではなく、技術や知識はあるにこした事はない。
最低限の技術と知識は必要だ。ただロクロがうまくなったからと言って
そんなに威張れるものではない。ロクロがうまい人なんて日本中に
溢れている。大事なのは自分のロクロをひく事なのだ。

  作家とは自己表現。作家とはある意味ナルシストであり、自分の作品に
陶酔しないとだめだ。その為には陶芸の常識すらブチ破る心意気が
必要なのだ。

  作家は技術を習得するのも大事だが、オリジナルの作品を生み出す事
の方が大事だと考えている。

2000年5月25日
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