<< 第12話 萬古焼 | main | 第10話 審査 >>

第11話 畑ちがい

  私の個展会場の入り口にはプロフィール(陶歴)が掛けてある。
まずは生年月日、そして学歴が書いてある。
「麗澤大学外国語学部イギリス語学科卒」

  そしていつも同じ事を言われるのである。
「畑ちがいの学校出られたのですね!」・・・と。
そして毎回「えー、まあ・・」と答えるのである。
よほど外国語学部を出た人と陶芸とが結びつかないのであろうか、
「卒論はシェークスピアなんですよ」と言うと
またまたビックリ仰天されるのである。

  かつてのアメリカ大統領のレーガンだって俳優さんだったし、
手塚治だって医学出身だし、タモリだって芸能人になる前は
保険の外交員をしてたのだ。別にそれほど驚くことではないと
思うのだけれど・・・

  最近陶芸関係のメーリングリストでよく見かける投稿は
「陶芸家になりたいのだけれども、どうしたらなれるのでしょうか?」とか
「どこかの作家に弟子入りした方がいいのだろうか?」というような
声をよく聞く。

  どうも日本人は何かになるためには、きちんとした順序があって
きちんとそれをこなしてこないとダメなような風潮がある。
陶芸家になるには芸大を出るか専門の学校で勉強し、どこかの作家先生の
元で2,3年修行してから初めて独立!・・・という図式である。
外国語学部を卒業して次にくるのは通訳とか翻訳家、添乗員という
イメージが大多数のそれである。

  もし、本当に陶芸家になりたいのなら、明日にでもなれるのである。
今現在、弁護士をやっていたって、プロレスラーだって関係ない。
土は近くの材料屋で買ってくればいいし、窯は人に借りればいい。
後は自分の作品を生み出すだけだ!

  ただそれだけの事なのに「どうしたらなれるのか?」という
質問が来ると言う事は、「どういう事をやってこないとなれないのか?」
という陶芸家になる事よりも、なる前の事で悩んでいるように思えて
仕方ないのだ。逆に言えば、芸大を出てどこかの作家の元で修行したから
と言って「もの」になるとも限らない。もちろん下準備の期間はあるに
越した事はないが、なくてはならない事もない。

  私の好きな陶芸作家は皆、大学や学校で陶芸を専攻せず、それ以外の
分野出身者が多い。個人的な感想だけど、その人たちの作品はよくある
王道を進んで来なかった分、どこか自由で奔放的だ。それとは逆に芸大で
ある先生について勉強してきた人の作品の中には、ややもすると先生の
コピーみたいな作品を作っていたりして・・・
「抜けきらんな〜」という印象を持ってしまうのも多い。

  専門的に勉強するために美術学校に入るのもいい、作家の元で
修行するのもいい。でも全然畑ちがいの事をするのもまた、楽しい!
違う畑ではまた別のものが収穫できるかも知れないよ!

2000年4月15日               
Categories
Links
Search this site.
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM