第11話 畑ちがい

  私の個展会場の入り口にはプロフィール(陶歴)が掛けてある。
まずは生年月日、そして学歴が書いてある。
「麗澤大学外国語学部イギリス語学科卒」

  そしていつも同じ事を言われるのである。
「畑ちがいの学校出られたのですね!」・・・と。
そして毎回「えー、まあ・・」と答えるのである。
よほど外国語学部を出た人と陶芸とが結びつかないのであろうか、
「卒論はシェークスピアなんですよ」と言うと
またまたビックリ仰天されるのである。

  かつてのアメリカ大統領のレーガンだって俳優さんだったし、
手塚治だって医学出身だし、タモリだって芸能人になる前は
保険の外交員をしてたのだ。別にそれほど驚くことではないと
思うのだけれど・・・

  最近陶芸関係のメーリングリストでよく見かける投稿は
「陶芸家になりたいのだけれども、どうしたらなれるのでしょうか?」とか
「どこかの作家に弟子入りした方がいいのだろうか?」というような
声をよく聞く。

  どうも日本人は何かになるためには、きちんとした順序があって
きちんとそれをこなしてこないとダメなような風潮がある。
陶芸家になるには芸大を出るか専門の学校で勉強し、どこかの作家先生の
元で2,3年修行してから初めて独立!・・・という図式である。
外国語学部を卒業して次にくるのは通訳とか翻訳家、添乗員という
イメージが大多数のそれである。

  もし、本当に陶芸家になりたいのなら、明日にでもなれるのである。
今現在、弁護士をやっていたって、プロレスラーだって関係ない。
土は近くの材料屋で買ってくればいいし、窯は人に借りればいい。
後は自分の作品を生み出すだけだ!

  ただそれだけの事なのに「どうしたらなれるのか?」という
質問が来ると言う事は、「どういう事をやってこないとなれないのか?」
という陶芸家になる事よりも、なる前の事で悩んでいるように思えて
仕方ないのだ。逆に言えば、芸大を出てどこかの作家の元で修行したから
と言って「もの」になるとも限らない。もちろん下準備の期間はあるに
越した事はないが、なくてはならない事もない。

  私の好きな陶芸作家は皆、大学や学校で陶芸を専攻せず、それ以外の
分野出身者が多い。個人的な感想だけど、その人たちの作品はよくある
王道を進んで来なかった分、どこか自由で奔放的だ。それとは逆に芸大で
ある先生について勉強してきた人の作品の中には、ややもすると先生の
コピーみたいな作品を作っていたりして・・・
「抜けきらんな〜」という印象を持ってしまうのも多い。

  専門的に勉強するために美術学校に入るのもいい、作家の元で
修行するのもいい。でも全然畑ちがいの事をするのもまた、楽しい!
違う畑ではまた別のものが収穫できるかも知れないよ!

2000年4月15日               

第12話 萬古焼

  萬古焼(ばんこやき)
・・・・はたして何人の人がこの名前を知っているのであろうか?
何人の人がその意味を説明できるのだろうか?

  自慢じゃないが萬古焼を知っている人は全国的に見るとかなり
少ないと言えるだろう。

  その大きな理由としてはまず第一に「萬古」が地名でないと
いう事だろう。備前とか九谷とか有田みたいに地名でない故に
どこの焼き物なのかさっぱりわからない。

  第二にどんな焼き物を萬古と呼ぶのかがはっきりしないという事だろう。
急須なのか、土鍋なのか、大量生産の花器や食器なのか?
これまたさっぱりわからない。

  これだけ悪条件がそろっていれば、知っている方が不思議なくらいだ。

  私個人の見解だが、四日市で焼かれているものはすべて「萬古焼」
なのだ。そう、「なんでも焼」である。ここに萬古焼の悲劇がある。
なんでもかんでも焼いているので正体がつかめない。
実際、四日市で作陶している私でさえ、ハッキリした正体がわからない。
こんな状況ではどうして人に萬古焼を伝えることができようか?

  第一話でも触れているけど、私は信楽の土を使って作陶している。
それを四日市で焼いているから「萬古焼」、
もし同じ物を信楽で焼けば「信楽焼」になるだろう!
まあこれは焼き物に限ったことではない。
全然違うところで採れた、または生産したものを名前だけ有名産地に
擦りかえて売る、なんてよくある話だ。

  だけど悲しいかな「萬古焼」は有名産地ではないのである。
(地元の人は除く)一部の急須愛好家が萬古の紫泥急須を珍重は
しているが、あくまでもマニアックの世界である。
変な話、たとえば備前ではないけど限りなく備前に近い所で出来あがった
作品を「備前焼」として売ることはあっても、近くだからと言って
あえて「萬古焼」として売りに出す人は少ないだろう。

  個展の時でも「何焼ですか?」と聞かれるのが一番ツライ!
「萬古焼なのに萬古焼でない」そして
「萬古焼でないのに萬古焼」である
私の作品はそのアイデンティティーを何処に求めればいいのだろうか?

  私は萬古焼の街で生まれ育った。子供の頃、「萬古まつり」は
楽しみのひとつだった。だから「萬古」という言葉には愛着がある。
萬古焼を有名にしたいのは、やまやまである。

  だけど実態が掴めにくく説明しづらいこの事実に背を向ける事は
できない。無責任にただ「萬古焼」を連呼していれば知名度が
あがっていくほど世の中甘くない。やはり有名になるには他人を納得させる
だけのシンプルで独特なる理由が存在しなければならない。

  毎年5月の第二土曜日と日曜日に萬古まつりが開かれる。
業界の不景気と高年齢化により毎年出展者数が減少の一途をたどっている。
さみしい限りだ。

  いつの日か「私は萬古焼で有名な四日市で焼き物修行したい!」と
言ってくれる若者が出てくるようになるには、誰かが巨星となるしかない
のであろうか? かつて無名な街、益子を有名にした浜田庄司のように。

2000年4月25日

第13話 焼成

  陶芸の場合、焼くという行程が最後にやってくる。
炎もしくは熱で土自体が固まり、焼きしまり、器の表面をおおっている
釉薬は溶け出す。この作業だけは人の手が入ってゆけない神に領域の
ような気がする。

  1200度くらいまでに温度が達すると、窯の中は光り輝いていて
中の様子すらわからなくなる。この高温をくぐりぬけ、
はじめて作品ができあがる。もちろん、失敗作もでる。途中で割れたり、
歪んだり、釉薬が溶けすぎて流れ出し、棚板(下の板)に
くっついてしまったり・・・。
正直、「焼成がなかったらどんなに楽か?」と思う時もある。

  窯の中はいわゆるミステリーゾーンで、我々が理解できるのは
焼成前と焼成後だけである。その途中の過程はまったく、うかがい知る事が
できない。なぜか火をくぐると新しいモノ、違うモノに生まれ変わるのだ。
それは生と死でもある。陶芸の場合、焼成によって新しいモノが
誕生するわけだが・・・それは死をも意味する。

  柔らかい土が熱で固まり、すべてを封じこめて時は止まる。
古代の埴輪や土器がいい例である。時間は止まり、同じ状態が永遠に続く。

  それとは逆の死もある。私事なのだがここ2ヶ月の間に祖父、祖母3人
が他界した。火葬場で骨を拾う時はいつもなにかしら無常なものを感じる。
たしかにほんの少し前まで、祖父と祖母の面影がそこにあったのに焼成後
(荼毘に付された後)にはまったくちがう姿になっている。
そう骨だけになっているのだ。

  同じ焼くという過程を経ても大きな差があると実感する。
片方はその存在を永遠のものにし、片方は無にしてしまう。陶芸の場合、
物理的に作品を固めるために焼成するのだが、我々作家はその「火の特性」
を作品に投影する事をひとつの自己表現として用いている。

  焼いて物が変化する・・・このどうしようもない物理的であり、
哲学的である過程を今一度見つめ直すと、また違った新しい作品が
生まれてきそうだ!!   

2000年5月5日                                                   

第14話 画廊めぐり

  先日、東京へ用事で出かけた時、暇を見つけて銀座の画廊めぐりを
やってきた。有名百貨店の画廊から路地裏にある画廊まで、とりあえず
陶芸作家の個展を片っ端から訪れた。

  個展会場には作家らしき人。いつもとは立場が逆転してお客さんと
して会場の中を歩き、作品を鑑賞する。
もちろんただ鑑賞するだけではなく、技法や手法などを想像し時には
作家に直接質問する場合もある。値段の付け方なども参考にする時もある。

  一口に画廊で個展と言っても色々である。趣味や教室の生徒さん、
定年退職後の作家さんなど主に作品発表会としての個展。
それと個展を生活の糧を得るために開いている人(私みたいな人ですね)。
色々である。

  作り手も色々なら画廊のオーナーも色々である。
私は陶芸を専門に見て回っているのだけど、やはりオーナーの趣味、
嗜好が展覧会に如実に反映されている。こだわりと呼ぶのであろうか?

  その中でも特に若手作家に気軽に開放してくれる画廊の主人には敬意を
はらいたい。当然若手作家の多くは有名ではない。よって集客人数、
売上等そんなに多くは期待できない。貸し画廊の場合、賃貸料を前もって
支払うので売れても、売れなくても画廊側には関係ないのであろうが、
それでも画廊のレベルを維持するために、ある程度の力量がないと個展を
させてくれない所もある。

  まあ、それは画廊側が決める事だからこちらから何も言う事はない
のだが、それでも将来を期待して快く開放してくれる画廊には頭が下がる
思いだ。無名作家の個展よりはやはり有名作家が使ってくれた方が
やはりメリットが多いだろうから。

  某有名デパートの美術の人とこんな話をした事がある。
「ここで個展をさせていただくには、どうすればいいんでしょうか?」と
私が訪ねると、「失礼ですけど、先生はいくら売りますか?」と
いう返事が返ってきた。

  別にこの返事に腹は立たなかった。
デパートも遊びでやってる訳じゃない。
作家は売れてなんぼだと私自身もそう思っている。

  万が一、私がそこそこ有名になってそこそこ売れる作家になった時、
損を承知で開放してくれた画廊には「ここの画廊に育ててもらった」
なんて事を会う人、会う人に吹聴するであろう。
そして、こうも吹聴するだろう、
「私が無名だった頃、あそこの画廊には門前払いをくった」と・・・

  人間は勝手なもので、自分に都合のいい事しか言わないものだ。
今回の独り言もきっとそうだろう!それぞれの立場、立場でモノを見ると
意見は違ってくる。とりあえず今は、良い作品を作る事に心がけ、
どこからでも声をかけていただけるように作陶するしかない。
やはり作品勝負なのだから。

2000年5月15日

第15話 オリジナリティー

  作家として一番大事なのはオリジナリティーだと思っている。

  これは私が作陶する時の理念であり主義である。
誰が何と言おうとこの姿勢だけは変えられない。

  新しく作品を作り出す時、まずオリジナリティーがあり、
技術や知識等は二の次、三の次である。極端な話、オリジナリティーが
生み出せない人は、いくら学校に行ったり弟子入りしたって
いつまでたっても作家にはなれないと思う。

  ただし職人さんを目指している人は別だ。
職人とは言われた仕事を完璧にこなすプロであり、
技術や知識を要するからである。

  しかし職人の世界にはオリジナリティーは存在しない。
いや、してはいけないのだ。クライアントもしくは上の人からの要請に
こたえてその物を作るのだから。勝手に自分の好みをそこに入れる事は
許されない。しかし完璧に要請どおりの物を生み出すのだ。

  作家は職人とは違う!

  職人さんは先に技術がなければ話にならないが、作家の場合、
技術は後からついてきても全然大丈夫なのだ!・・・というか、
始めに何を表現したいかがあってその表現のためにはどんな技術や技法が
必要なのかが決ってくるからなのだ。作家は今までにない、
これまたオリジナルの技法を生み出すのが、仕事となってくる。

  つまりロクロも出来、手びねりも出来、板づくりも出来、
型成形も出来・・・なんて必要はまるでない。実にナンセンスだ!
陶芸家だからロクロがひけなければいけない事は全くないのである。

  どうも日本の教育システムが専門家を生み出すのに合っていないような
気がする。学校に入るのに、国語、数学、理科、社会とバラバラの科目を
バランスよくすべてこなさなければいけない。すべての科目に得意な人
なんてこの世に存在するのだろうか?得意じゃない科目の点数を上げる
努力とはいったい何のためだろう?

  陶芸の世界も同じ感覚でとらえている人が多い。
知識は豊富!ロクロも上手にひく、
でも作品を見ると「なんじゃ、こりゃ〜?」(松田優作風に)である。
私の経験では色々と陶芸の「うんちく」をたれる人ほど、
そしてそこそこオールラウンドにそつなく作れる人に限って、
作品は何処かの教科書や雑誌、美術書に出てくる作品を模倣してる
パターンが多い。オリジナリティーに欠け、見ていて全然面白くない。
ある意味そういう昔の名品は決してそれを抜く事ができない。

  誤解なき様に最後に付け加えておきたいが、学校などで技術を習得する
事自体は全然悪い事ではなく、技術や知識はあるにこした事はない。
最低限の技術と知識は必要だ。ただロクロがうまくなったからと言って
そんなに威張れるものではない。ロクロがうまい人なんて日本中に
溢れている。大事なのは自分のロクロをひく事なのだ。

  作家とは自己表現。作家とはある意味ナルシストであり、自分の作品に
陶酔しないとだめだ。その為には陶芸の常識すらブチ破る心意気が
必要なのだ。

  作家は技術を習得するのも大事だが、オリジナルの作品を生み出す事
の方が大事だと考えている。

2000年5月25日

第16話 プラス志向 

  「プラス志向」すなわち、全ての物事を前向きにとらえる姿勢である。

  正直言って私はどちらかと言うと「マイナス志向」である。
決して自慢できる事ではない!昔から何かと心配性で修学旅行の
前の晩には、必ず集合時間に遅れる夢を見ていたし、いくつもの個展を
開いてきた今になっても、個展に作品が間に合わなかった夢や、
売上がゼロの夢をよく見る。実に情けない。

  こういう事は産まれもった性格なのか、育ってきた環境が
そうさせるのか?いずれにせよ「プラス志向」とは程遠い性格だ。

  作陶する時でも、せっかく良いアイデア、もしくは作品のイメージが
浮かんでも、まずは問題点から探って行く。「このフォルムはとっても
良いんだけど、たぶん乾燥段階で割れてくるだろうな〜」
「運良くうまく乾燥できてもたぶん焼成にこの形や大きさでは耐えられないだろう」
・・・てな具合だ。

  とにかく悪く考え出すときりがない!本当にきりがないのだ。
ひとつの作品を仕上げるまでの問題点を上げ出したら100でも
足らないだろう!

  一昔前、あまりの心配性に体を壊した事がある。
これまた自慢できる事じゃない。プラスを小さくマイナスを大きく
とらえる癖は時に体の調子まで悪くしてしまう。

  それで「このままではいかん!」と言う事でほんの少しだけ
「プラス志向」に転じてみた。

  「次回の陶芸ビエンナーレ展では必ず入賞する!!」と会う
陶芸仲間や友人みんなに豪語したのだ。
カミさんにも「そんな事言って、落選でもしたらカッコ悪いよ!」と
釘をさされる始末だった。

  今から考えると、そんな事は別にプラス志向ではなく、
自分の心配性解消のための暴挙だったのかもしれないけど、
結果はグランプリ受賞だった!

  それからは、極力良い方向に物事を考えるようにした。
それは心の奥底からそう思わなくても、表面上だけでもいいのだ。
(マイナス志向なので心の奥底からなんて到底無理だ!!)

  顔も態度も自信満万!!!

  「公募展では必ず入賞する!」
  「自分の作品は良い!」
  「売上はいつもコンスタントに心配げなく売れて行く!」
  「将来は日本を代表する作家になる!」
  「俺はモテルかも!?」
  「将来、宇多田ヒカルと友達になる!!」(おいおいっ!)

  ・・・本当の自分は全くそれとは逆の気弱い人間なんだけど・・・

  そんな表面上の態度でも長年続けていると、何時の間にか
そちらの自分が本当の自分になるような気がしてならない。
今ははったり、ごまかしなんだけど・・・

2000年6月5日

第17話 飯碗の悲劇

  人間、誰もが平等と私は思っていない。
それどころか人は大いなる不平等の中に生きている!
身体的な事もしかり、経済的な事もしかりだ。

  小さい頃学校で「人間は皆、平等なのです!」なんて
教えられたけど、そんな現実を無視した理想論を掲げている間は、
本当の意味での平等なんて永遠に来ない。
どう見たって大金持ちの子と貧乏な家の子と平等のはずが無い!!
もし平等だとおっしゃる方がおられるのならメールにてご一報願いたい。

  不平等といえば何も人間の世界だけではない。陶芸作品の世界は
人間世界のそれに勝るとも劣らない程、過酷で厳しい!!

  例えば、「ぐいのみ」と「飯碗」。どちらがお値段が高いでしょうか?

  もちろん例外もあるだろうけど一般的に「ぐいのみ」の方が値が高い。
大きさから判断するとはるかに「飯碗」の方が大きいはずだ!なのに
その何分の一の大きさしかない「ぐいのみ」に負けてしまうのだ。
おまけに「ぐいのみ」は木箱なんかに入れてもらえるのだが
「飯碗」の場合、ほとんど木箱にお世話になる事は無い。

  では同じ茶碗でも「抹茶碗」(茶席で使うそれです)と「飯碗」では
どうだろう?これは「待ったなし!」で「抹茶碗」の勝利で
値段も飯碗よりははるかに高い!モノによっては、ほとんど大きさも重さも
同じ。なのにどうして「抹茶碗」が勝利するのだろうか?
そして「飯碗」は敗北してしまうのか?

  答えは簡単。「飯碗」だからなのだ。
飯碗は生まれて死ぬまで飯碗なのだ!木箱に入れられる事なく、
何十万円という値段が付くわけでもなく、その一生を終える。
ああ、悲しいかな飯碗人生!!

  そうなのだ。名前によってモノの値段が変わってくる不思議な
不平等陶芸ワールド!!

  もし仮に大きな円柱形の花器があるとして、これが百万円だとしよう。
もしタイトルを「花器」ではなく「傘立て」としたらどうなるか?
百万円の傘立てなんてどこかしら、ずれている。

  そして、もし仮に50万円の大きめの「ぐいのみ」を「湯呑」と
名前を変更したらどうなるだろうか?一個、50万円の「ぐいのみ」は
存在しても50万円の「湯呑」は常識的に考えたら存在しないのだ。

  飯碗の場合、作家作品でだいたい一個、2500円から6000円
くらいではないだろうか?一万円以上の飯碗はあったとしても例外的で
ある。飯碗の場合、名前が「飯碗」である以上この状況は永遠に変わらない
であろう。まさに飯碗の悲劇である。
・・・飯碗は決して果物屋さんのメロンにはなれないんだ!!

  世の陶芸家の多くは飯碗をつくるのを避け、抹茶碗をつくる。
その大きな理由として庶民の飯碗をつくるより、ブルジョワの抹茶碗を
作ったほうが、儲かるから?なのかも知れない。

2000年6月15日

第18話 陶芸家の一日

  皆さんは陶芸家の一日と聞いてどのような一日を想像されるだろうか?
たぶん土をこねて、ロクロの前に座りただひたすらに作品を作っている、
もしくは燃え盛る窯の中に薪を投げ込んで炎と対決している風景であろうか?

  まあ、それも間違いはないけれども、いかにも陶芸家らしい時間と
いうのは皆さんが思っているよりずっと少ないと思われる。
今回は色々な陶芸家の一日を紹介したいと思う。

  一、今日は、ロクロでの製作。実際の時間配分は作っている時間が
メインである事には違いないが、準備や後片付け等にも相当時間を取られ、
ややもすると清掃員状態の方がメインになる場合もある。
どちらにしても泥だらけの一日である。

  一、今日は、絵付けの仕事。ロクロの作業同様、絵付けがメインの
仕事なのだが、よくよく分析してみると、絵の具の調合にこれまた相当時間
を取られている。時間が経過すると絵の具の状態も変化するため、
たえず良い状態をキープするのに、苦労する一日である。

  一、今日はお客さんが来る。色々と作品の説明などをさせてもらう。
引き出物等の注文に関しては納期、個数、のしの書き方、など細かい
打ち合わせをする。もちろん世間話も大切なお客さんとのコミニュケーションとなる。
結構外交的な一日である。

  一、今日は作品の配達。買っていただいたお客さんの所へ、
作品を持って行く。なぜ配達をすると言う状態になるかというと、
作品の木箱などが後から出来てくる場合、作品をお客さんの手元まで
配達するという事になる。色々と走り回る一日である。

  一、今日は個展の準備の日。焼きあがった作品のリストの製作。
写真撮影。木箱製作時に必要になる作品の寸法を計る作業等。
到底一日では終らない。DMの宛名書きにも相当時間がかかる。
結構事務的な一日である。

  一、今日は先輩や友人の個展を見に行く。遊びの様に思えるのだが
これも大事な仕事のうちのひとつである。他の作家の作品を見て色々と
刺激を受けたり、勉強になったりもする。
より良い人間関係をキープするのには、義理や人情も大切にする一日である。 

  一、今日は特別な日。朝食は鉄人・道場六三郎の和食。
午前中はメトロポリタン美術館での個展の打ち合わせをテレビ電話でする。
オープニングパーティーにはマドンナとマイケルジャクソンが特別に
歌を披露してくれる事となる。
昼食は鉄人・陳健一の中華。
薬師丸ひろ子と原田知世と会食。
「セーラー服と機関銃」や「時をかける少女」の裏話を聞かせてもらう。
食後はマラソンランナーのロバ選手と軽くジョギングをし、
パン屋開業について話合う。夕方、筑紫哲也氏と現代社会について
語り合う。その後、夕食は鉄人・坂井のフレンチ。叶姉妹と会食。
ゴージャスな生活について色々と教えていただく。
ふたりのために、BGMは生演奏で楽しんでもらう事とした。
ちょっと遠いけどアメリカからセリーヌ・ディオンに来ていただき、
タイタニックのテーマを聞かせてもらう。
夜、エキサイティングな一日だったため、なかなか寝つけず、
稲川淳二氏に電話をして怖い話を聞いてようやく就寝!
・・・・というような事を想像し、イマジネーションを高めて
過ごすのも陶芸家の一日である????さぶ〜〜!

2000年6月25日

第19話 他人の目

  人は誰しも他人の目を気にして生きている。
「俺は他人の目なんぞ気にしてねえよ!!」なんて
言う人がいるかも知れないが、それは嘘だ。
もし本当に気にしていないのなら街中を裸で歩けるはずだ。
我々は必ず他人の目を意識しながら生きている。

  作家も人の子、自分の世界を主張するのが仕事であるが、
あくまで他人に見られるということを大前提として作品を作っている。
人がなんと言おうと我道をゆくのが作家なのだが、よくよく考えてみると
せっかく作品を作っても誰も見てくれなければ、何にもならない。

  こと作品を売って生計を立てていくとなると、自分だけが満足と
いう感じでは到底生活はできてゆかない。他人が作品を買ってくれて
他人のおかげで生かされている事になる。つまり他人に認めてもらわないと
ダメなのだ。

  かと言って、他人の目を気にしすぎたり、他人の批評を怖がって
いては、自分の作品は生まれない。丸い石ころみたいに、どんどん角が
取れて行き、どこでもある石ころにになってしまう。
そうなると作家としての存在価値は無い。

  私個人的に思うに、自分の作品を理解してくれたり、
興味をもってくださる人は10人中1人でもいれば、バンバンザイである。
私の場合は100人に1人、いや1000人に1人かも知れない。
それでも理解者がいれば作家としては多いに救われる。

  しかし、逆に考えると、その理解してくれる人以外は、
「興味がない」、もしくは「批判家」であるという事になる。
他人の目は厳しく、個展会場ではその目をいかに、受け入れるか?
または、いかにかわすか?になってくる。

  「目のやり場に困る」と言うけれど、目の持っている力は恐ろしく、
その場の雰囲気はお客さんの目の表情ひとつで、穏やかになったり、
不安げになったりする。

  あたりまえの話だが、他人は自分でないし、自分は他人でない。
つまり自分を本当に理解してもらうには、他人が自分と同化するしかない!
そんな事、不可能な事だ。
どこかしら部分的な共感で他人と自分が結ばれる。

  永遠に個人は他人の目に写し出される被写体なのであるが、
よく写ろう!と思っても無駄である。人それぞれに目が違うから、
こっちで良くても、あちらではダメなのである。

  つまり全員、全ての人に理解はしてもらえない。と言う事だけは
間違いない。

  良い例が夫婦である。私なぞ女房と12年も一緒に暮らしているが、
お互いを本当に理解しあえるまでには、あと、100年ほど
かかりそうだ(爆)

  作家とは他人の目を意識せず、他人の目を意識しなければならない。

  う〜ん、難しい!!!!

2000年7月5日

第20話 天気予報

  陶芸家と天気予報はあまり縁のない感じなのだが、
こと私にいたっては多いに関係がある。

  私の場合、天気予報を見て次の日の仕事を決めると言っても
過言では無い。大きい作品を作る場合、やはり時間がかかるので
あまり急激に乾いても困るので、できるだけ曇りや雨の日に
作るようにしている。またロクロで作ってから後の削り
(水引きから高台けずり)までの乾燥段階も、天気が晴れているのと、
雨が降っている時とは乾燥の仕方が変わってくる。

  まして夕方にロクロをひいて、次の朝削りの作業の場合は心底、
天気予報頼みになる!次の日が曇りもしくは雨の場合はそのまま作品を
放置すればちょうど削りによい状態に持っていく事ができるが、
晴れる場合は乾きすぎて、削りづらくなるのでビニールをかぶせて
乾燥を防いだり、大きな缶の中に入れて乾燥しないようにする。

  また冬季の場合も天気予報は滅茶苦茶大事である。
私の工房はスレートでそして広いので、冬の寒さが厳しい日には、
工房の中の水まで凍ってしまう環境だ!粘土で成形したばかりの作品は
水分を多量に含んでいて、もしこれを氷点下の所に放置すれば、
作品内の水分が凍ってしまい、作品が内部からバラバラに破壊されて
しまう!実に恐ろしい現象である。

  であるから、冬季はもっぱら最低気温に注意を払っていて、
氷点下になる場合は作品に毛布をかけたり、それでも心配の時は
電球をそばに置き、作品が凍るのを防ぐ。

  私は天気予報を頼りに生きてきたし、天気予報ほど頭を使わなくて
見れる番組もめずらしいので天気予報は大好きだった。
カワイイ人がお天気キャスターならなおの事だ!

  しかし、最近私は天気予報に裏切られっぱなしなのである!!!!
おかげでひどい目にあっている。

  特に今の時期(6月、7月)、天気がめまぐるしく変わるので
予報も難しいとは思うのだが、あまりにも外れすぎる。最新鋭の人工衛星
からのデータを分析しているわりにはお粗末だ。それと最近、気象予報士と
名乗る人達が現れ、自信満万に予報してくれるのだが・・・

  それで不思議な事に、TV局にそれぞれ気象予報士がいるのに、
口をそろえて同じ予報をしている事だ。一人や二人くらいは、
「イヤ!私が思うに明日は雨だ!気象庁の発表では晴れだが・・
私の洞察力と野性のカンでは雨が降る!!!!」
という人物が出てきてもよさそうなものなのに、全員すべて同じ事を
言っている。

  だったら気象予報士なんて資格はまったく意味をなさない。
もし上からの原稿を丸読みしているのだったら、変な予報士オジさんが
天気を説明するより、バドガールが説明してくれた方がず〜っと良い!!
もし予報士が予報をはずす事になった場合、次の日に陳謝するか、
気象予報士をやめるかくらいのプロ意識でやって欲しいものだ。
私の仕事の成功、不成功はあなた方の予報にかかっているのだから・・・・!!!
(ちょっと大げさかな?)

  それから最後に・・・明日の予報も外れるのだから、
週間予報とか長期予報はやめておいた方が良いと思うよ!夏は暑い、
冬は寒いに決っているんだから!!
・・・と今回は、ちょっと愚痴っぽかったかな??

2000年7月15日
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